いつも輝いていられるわけじゃない?
日々の暮らしの中で、ふと立ち止まってみたくなる。そんな時に、一緒にお茶しませんか?
プロフィール

還暦で生まれ変わった?(外側編)

還暦の年に髪を切ってから(「35年ぶりに髪を切る」の回をご参照ください)

突然人生が変わりはじめました。

髪を切って2週間後には

ニューヨークで暮らしていた下の娘が

ポートランドで仕事を見つけ

当面一緒に暮らすようになりました。

早速、彼女のために朝ごはんを用意したり、お弁当を詰めたり

お互いのことをリアルタイムで話し合ったり。。。

久しぶりにウキウキとお母さんをし始めました。

ニューヨークで飼っていた犬が一緒にきたものですから、

突然、犬二匹の生活に。。。

最初はジュノちゃん(グレータースイスマウンテンドッグー左)も戸惑っていましたが、

最近ようやく慣れてきたのか、時々お隣で寝ています。

 

独り立ちした子供と一緒に、助け合いながら暮らすのは

夢のように楽しいものです。

この、天から降ってきたような幸せが、一生続くとは思いませんが

「天使様」が家にいてくれている時間を満喫して、

ありがたく毎日を過ごします。

そしてそれからまもなく、今まで15年暮らしてきたパートナーが

パーキンソン氏病で、だんだん体が効かなくなってきたことをきっかけに

お医者様の計らいで、介護施設に引っ越しました。

「この先彼が他界するまで、ずっと世話をするのだろう」という思い込みから

フルタイムの仕事との両立に困難が生じていても、誰にも相談していませんでした。

ある日、彼が家で全く動けなくなってしまい、主治医の先生に相談したところ

即座に救急車で入院。

その後はリハビリセンターに送られ、

結局うちには戻らないまま、施設で生涯を送る運びとなりました。

 

私と暮らしていた時は、手が回らずに

シャワーや時に下の世話も行き届かず、決して衛生的とは言えませんでした。

着替えが一人でままならず、裸で家の中を徘徊していることも。。。

 

今彼は、眺めのの良い広めのマンションの7階で贅沢な一人暮らし。

健康を気遣った食事も毎日しっかり3回用意され、

看護婦さんや理学療法士さんが定期的に訪問してくれています。

清潔さが保たれているので、訪問客を受け入れることもでき、

社交性も戻りつつあります。

この生活が低所得を理由に、

すべて国の補助で賄われているのですから驚きです。

 

結局、彼を縛っていたのは私の思い込みだったという

大きな気づきをいただきました。

1996年にポートランドに渡ってから

1997年には学校で日本語を教え始めていました。

そのためこの国に「同僚・仕事仲間」はいても

「友達」は一人もつくってこなかった。

そのことに気づいたのも、つい最近のこと。

特に管理職についてからは、同僚とプライベートを共にすることもタブーに。。。

「あたりまえ」って時に恐ろしいくらい、人のマインドをコントロールする。

「そういうもんだ」が根っこを生やして、不思議にも感じなくなってしまう。

学校の親御さんのお一人である「ののさん」に知り合って、

その方から素敵な日本人の女性たちをご紹介いただく形で

「お友達」の輪が少しずつ広がり始めました。

「お友達になってください」というお願いを、皆さん快く受けてくださって

優しい人たちとの繋がりが生まれ始めました。

 

真弓さんの氣功クラスに参加して そこでお知り合いになった方達とも

休日に時間を決めてお茶やランチをご一緒するように。。。

 

カレンダーに予定を刻む時の嬉しさは、

今まで味わったことのない、ワクワクを伴ったもの。

仕事のミーティングのようにアジェンダのない

内容の決まっていない空間を誰かと共にする。

それは、その人といるそのことが

ただ嬉しくて意味のあることだから。

 

魂が豊かに喜んでいると

感じられる瞬間です。

その関係がきっかけとなって 人生の新しい流れが引き寄せられてきた!